─ 愛する気持ち -piece of feeling- 24 ─

『新たな旅立ち』

もし今神様が、俺の気持ちを代弁したらどう言うんだろう。

緊張しまくってます、とでも言うのだろうか。

神様がそんな言葉使うわけないけれど、それほど緊張していた。

伝えたいこと?俺に?

急に学校へ来たと思ったら、急に呼び出して・・・。

どうしたんだろうとしか言いようがなかった。

でも学校へ来てくれたことに関しては、素直に嬉しかった。

「伝えたいことって・・・何かな?」

息を詰まらせながらやっとの思いで出せた言葉。

この感覚はどこか似ている・・・。

俺のよく知っているあの感覚に・・・。

「うん、えっと・・・私・・・」

「・・・」

言いづらそうに声を詰まらせる笹山さん。

視線をあちこちにやり落ち着いていないのがよくわかる。

もちろん俺も落ち着けはしない。

「あの私・・・私ね」

「うん」

「私・・・やっぱり転校する」

「え!?」

思いも寄らない言葉に体が硬直する。

サーッと全身に嫌な汗が流れるのがわかった。

転校という言葉がどうして彼女の口から出たのか・・・。

学校に来ることに決めたのではないのだろうか?

それよりも今は笹山さんが目の前からいなくなってしまうことに、

大きな焦燥感を抱いていた。

「ど、どうして・・・?」

「いろいろ考えたんだけど・・・」

その時の笹山さんの顔はとても悲しげな表情をしていた。

それでも先ほどのような迷いが目にはなくなっていた。

「私、今日やっと学校に来れたんだ」

「うん。笹山さんが学校に来れて俺も嬉しい」

笹山さんが学校に来ることは何よりも望んだこと。

それを笹山さんが実現するのに相当な苦労があっただろう。

そして学校へと来る勇気・・・それがどれほどのものか。

「こうやって学校へ来ることができたのも・・・皆裕樹君や美穂のおかげ」

「・・・そんなことないよ。俺はなんもしてない」

笹山さんを励ますためにいろんなことはしてきた。

でも最終的には笹山さん自身が踏み込まないとならない。

俺は多分、そのきっかけを与えたに過ぎない。

「ううん、きっと裕樹君達がいなかったら・・・私は前の私のままだった」

「・・・俺達がいなくてもきっと来ることはできたよ」

自信のない言葉を言いながら俺は笹山さんを見上げた。

震えている瞳でこちらを見ている。

きっと今も勇気を出し続けているんだ・・・。

「できなかった・・・だから私は感謝してるの」

「・・・うん」

「でもね」

「・・・?」

笹山さんは自嘲するかのような顔で話を続ける。

「それだと私、駄目なような気がする」

「駄目?」

「うん。他の人に甘えてるだけではきっと強くなれない」

「それは・・・」

それは違うと言いたかった。

でも笹山さんの言葉があとに続き、それを許さなかった。

「私は今のままじゃいけない・・・そんな気がするの」

「なんで?やっと学校に来れたのに・・・」

俺は納得がいかなかった。

やっと学校に来れたのに転校?

自分一人の力でなかったとしても・・・あとに残る人はどうすれば?

「今日一日だけだから頑張れるんだよ」

「え?」

「きっと何日も、何十日もここへ来るのには耐えられない」

そっか、ただの一日でさえ緊張や不安があるのにそれが続いたら・・・。

でも来るのを続けることでその不安や緊張は緩くはならないだろうか?

そのうちきっとそんなものは無くなると思う。

なのになぜ・・・?心のもやもやは消えなかった。

「今日だけ、今日だけは頑張れる。そう自分に言い聞かせてきた」

「・・・・」

「だから今もずっと不安なままなんだよ?」

苦しみの表情を浮かべ、力のない声で話を続ける。

見ているこっちまで不安になるような・・・そんな姿だった。

「これ以上自分に甘えるわけにもいかないから・・・転校します」

その時見た笹山さんの目は初めてみるものだった。

有無を言わせない、力強い目。

でもその目を見ても俺にはどうしても納得できなかった。

「納得できないよ・・・一緒に頑張ればいいじゃないか」

「・・・」

「甘えるのがいけないなんておかしいよ」

「そうだけど・・・」

「もう一度・・・考え直してくれないかな」

必死の思いで彼女を食い止める。

彼女が学校へ来るのを待っていたのに・・・。

彼女を信じて待っていたのに・・・。

今俺の前から消えてしまったら俺は・・・。

「ごめんね・・・私も一生懸命考えて決めたの・・・」

「・・・嫌だ」

「え?」

高ぶる鼓動。抑えきれない感情。

彼女がいなくなってしまったらきっと俺は後悔する。

「嫌だよ、俺は」

後悔なんてしたくない。

「笹山さんがいなくなるなんて嫌だ」

だから・・・良いよね?

「だって・・・だって俺は・・・」

そのために今言っても・・・伝えても良いよね?



「笹山さんが好きだから!」



自分の中の彼女に対する素直な気持ち。それを今──伝えた。

もしこれで結果がどうなろうとも俺は後悔しない。

今までやるべきことはやってきた。

そして今想いを伝えることができた。

彼女がいなくなる前に、俺の気持ちを知って欲しかった。

「・・・・」

でもなんで?

「うっ・・・うぅ・・・」

なんで笹山さん・・・泣いてるの?

「ずるいよ裕樹君・・・」

「え?」

「最後にそんなこと言うなんて・・・ずるい・・・」

すすり泣きしながら涙をぽろぽろと地面へ落としていく。

「私・・・今日は泣かない、って決めたのに・・・ずるいよ」

そんな笹山さんを見ていたら、たまらなく愛しくなった。

こんなに我慢してまで・・・よっぽどの覚悟があったのかもしれない。

「笹山さん」

「・・・?」

もう一つ後悔する前に・・・俺はおもむろに近づき、

「あ・・・」

静かに彼女を抱き寄せた。

緊張していて自分でも何をしているかあまり実感がないけれど、

笹山さんの鼓動、笹山さんの香り、そして温かさ・・・

全てが今現実であるものと主張していた。

「お願いだから、転校するなんて言わないで」

「・・・うぅっ、・・・ごめん裕樹君」

「・・・?」

「私・・・本当は黙っていたことがあるの・・・」

「なに?」

腕の中で鼻をすすりながら、震えた声で話し始めた。

「実は・・・引っ越さなきゃならないのはお父さんの仕事のこともあるの」

「え!?」

「ごめんね・・・黙ってるつもりはなかったんだけど・・・」

お父さんの仕事?じゃあ転勤か何か?

じゃあ本当は笹山さんの意思で引っ越そうと思ったわけでは・・・。

でも仕事の都合となると引っ越しを止める手立てはない・・・。

「でも勘違いしないでね?引っ越すというのは私の意志もあってのことなの」

「え・・?」

「さっき話したことは本当なの・・・。仕事のことはその想いを後押ししたに過ぎない・・」

とても悲しそうに話す笹山さん。

「だからもしお父さんのことがなくても、私の意志は変わらなかった・・・」

「そう・・・だったのか・・・」

「ごめん・・・ね・・・」

「謝らなくて・・・いいよ・・・」

その真実を知らされて、俺の目の前の光景は曇り始めた。

プールの中で目を開けたような・・・そんな感じ。

「・・・?・・・裕樹・・君?」

「・・・うぅ、ごめん・・・俺・・・俺・・」

どうしてだろう。

一度流れるとそれは止めることはできなかった。

情けないとわかっているのに、意気地がないとわかっているのに・・・。

"それ"を呑み込むことはできなかった。

「裕樹君・・・」

「俺だって・・・本当は弱いんだ・・・きっと誰だって・・」

「・・・うん」

「それなのに・・・誰かを支えるなんて・・きっとそんな・・・」

そんなことはできないよね。

そう言おうと思った。

でも胸が詰まってそれを口に出すことはできなかった。

ただ、笹山さんを抱き寄せながら泣くことしか・・・俺にはできなかった。

「そんなこと・・・できるよ」

「え?」

いつの間にか泣き止んでいた笹山さんが口を開く。

「そんなこと、できるよ。ううん、できてるよ裕樹君」

「そんなの・・・嘘だ」

「だって裕樹君、今だって私の支えになってる!」

顔を上げ、はっきりとした口調で言った。

その声は俺の心の深いところへと届き、響き渡った。

「私だって、私だって・・・裕樹君いなかったら何もできなかった!」

「ささ・・やまさん・・」

「だからそんなこと言わないで!お願い、そんな顔されたら・・」

「・・・」

「そんな顔でお別れしたら・・・きっと私、後悔する・・」

「・・っ!」

そうだ・・・そうだった。

笹山さんとの別れはもう覆らない。

それなのに、その事実を受け止めずに俺がくよくよしていたら・・・。

そしたら笹山さんはどんなに悲しいだろう?

気持ちの整理がついてやっと俺に話ができたというのに・・・。

俺の行為はその気持ちを再び乱してしまうものだと覚った。

「だからお願い、そんな顔はやめて・・・ね?」

「・・・うん、わかった」

力強く、頷く。

そしてそれを見た笹山さんの顔も安堵の色が浮かんだ。

「でもこれで本当のお別れじゃないからね?」

「わかってる。またいつか、会えるよな?」

「うん・・・そう信じてる」

その時見た笹山さんの瞳は輝いていて・・・。

きっとこれからのことを乗り越えられる強さが、その瞳に映っていた。

「また絶対会おうな」

「うん。向こうで落ち着いたら・・・連絡するね」

向こうとはどこか気になったけれど、それは詮索しないほうが良い気がした。

もし会える距離だとしても、そこで会ったら意味がない、そんな気がする。

だから離れていく笹山さんのためにも、これからの笹山さんのためにも、


「うん。元気でね」


俺は笑顔で見送った。